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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)283号 判決 1997年5月29日

大阪府大阪市中央区北浜4丁目5番33号

原告

住友化学工業株式会社

同代表者代表取締役

香西昭夫

兵庫県尼崎市南塚口町6丁目10番73号

原告

神東塗料株式会社

同代表者代表取締役

宮崎龍平

原告両名訴訟代理人弁理士

吉嶺桂

金谷宥

兵庫県神戸市中央区加納町4丁目10番24号

被告

アイ・ビー・アール株式会社

同代表者代表取締役

沼澤忠

同訴訟代理人弁理士

室田力雄

弁護士 宮崎定邦

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

「特許庁が平成6年審判第19732号事件について平成7年10月18日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、名称を「木材保存組成物」とする特許第1191720号の発明(昭和50年11月26日出願、昭和58年5月13日出願公告、昭和59年2月29日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。被告は、平成6年11月18日原告らを被請求人として、本件発明の特許を無効とすることについて審判を請求し、平成6年審判第19732号事件として審理された結果、平成7年10月18日、「特許第1191720号発明の特許を無効とする。」との審決があり、その謄本は同年11月1日原告らに送達された。

2  本件発明の要旨

構造式

<省略>

で示される化合物を有効成分として含有することを特徴とする木材保存組成物。

3  審決の理由

別添審決書写しのとおりであって(但し、14頁18行の「請求人」は「被請求人」の誤記である。)、その要点は、本件発明は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物である「木材学会創立20周年記念特集号 林産工業における研究・技術の現状と問題点」昭和50年3月20日、日本木材学会発行(審決における甲第2号証、本訴における甲第3号証)、NATURE,VOL.246,NOVEMBER 16 1973(審決における甲第3号証の1、本訴における甲第4号証)、特開昭49-47531号公報(審決における甲第4号証、本訴における同甲第5号証)、Proceedings 7th British Insecticide and Fungicide Conference(1973)(審決における甲第5号証の1、本訴における甲第6号証)に記載された発明と同一であり、特許法29条1項3号の規定に該当する旨の請求人(被告)の主張(無効理由1)は採用できないとしたうえ、被告主張の無効理由2について判断し、本件発明は、上記甲各号証に記載されたものから当業者が容易に発明をすることができたものであり、同法29条2項の規定により特許を受けることができないものである、としたものである。

4  審決の理由に対する認否

審決の理由ⅠないしⅢは認める。同Ⅳの1のうち、「このような従来の問題点を解決する可能性のある化合物との認識で記載されているものと理解できる。」(審決書11頁17行ないし19行)、「従来のピレスロイド系化合物の欠点であった残効性の問題を解決し得る可能性があることが記載されているといえる。」(同12頁8行ないし10行)、「従来のピレスロイド系化合物の欠点であった残効性の問題まで解決し得る可能性があることが示唆されている」(同13頁10行ないし14行)の部分は争い、その余は認める。同Ⅳの2のうち、(2)(同14頁18行ないし15頁12行)は認め、その余は争う。同Ⅴは争う。

5  審決を取り消すべき事由

審決は、甲第3号証ないし甲第6号証(本訴における書証番号)記載の技術内容の認定を誤った結果、本件発明は、甲第3号証ないし甲第6号証に記載されたものから当業者が容易に発明をすることができたものであると誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  審決は、3-フェノキシベンジル-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート(本件明細書の特許請求の範囲に構造式で示された化合物であり、以下その一般名である「パーメスリン」と表示する。)について、甲第3号証には、「該化合物(注 パーメスリン)は、ピレスロイド系化合物について残効性の問題があるとの指摘に続き記載されていることからみて、このような従来の問題点を解決する可能性のある化合物との認識で記載されているものと理解できる。」(審決書11頁14行ないし19行)、「パーメスリンは殺虫力および耐光性が大きいので、従来のピレスロイド系化合物の欠点であった残効性の問題を解決し得る可能性があることが記載されているといえる。」(同12頁4行ないし10行)、「パーメスリンを木材の害虫に対する防虫剤として用いた場合、この化合物は殺虫効力および耐光性が大きいので、従来のピレスロイド系化合物の欠点であった残効性の問題まで解決し得る可能性があることが示唆されている」(同13頁5行ないし13行)としたうえ、無効理由2についての判断において、「甲第2号証(本訴における甲第3号証)には、パーメスリンを木材保存組成物の有効成分として用いたことについては記載されていないものの、該化合物が木材保存組成物の有効成分として利用し得ること、および残効性を改善し得ることについての示唆はなされている。」(審決書14頁12行ないし17行)と認定しているが、上記認定はいずれも誤りである。

<1> 甲第3号証の23頁の「4.防虫剤」の項には、「木材を加害するおもな昆虫は、シロアリおよびヒラタキクイムシである」ことは記載されているものの、「4.2 ピレスロイド系化合物」の項には、「ピレスロイド系化合物は、殺虫効力は強いが、残効性および価格に問題がある。木材害虫の駆除には用いられているが、予防には用いられにくい。最近、殺虫効力および耐光性の大きい3-フェノキシベンジル-2、3-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート14)などが合成された。」という記載に引き続いて、「また、(S)-α-シアノ-3-フェノキシベンジル-cis(1R、3R)-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジプロムビニル)シクロプロパンカルボキシレート15)の殺虫効力はきわめて強いが、毒性も著しいことが明らかにされた。残効性が大きく、安価なピレスロイド系化合物の開発が望まれる。」と記載されているのみであって、パーメスリンが、複数年にもわたる残効性が必要とされる木材保存剤として用いられることなどは何ら記載されていないばかりではなく、その示唆もなされていない。

<2> まず、甲第3号証の「4.2 ピレスロイド系化合物」の項には、ピレスロイド系化合物は、殺虫効力は強いが、残効性および価格に問題があるため、木材害虫の駆除には用いられる、即ち、現に木材害虫が寄生している場合に、その駆除のための殺虫剤としては用いられるものの、予防、即ち木材害虫が木材に寄生し加害するのを予防するための木材保存剤の有効成分としては残効性及び価格の点から用いられにくい旨が記載されており、かかる記載は、むしろピレスロイド系化合物が長期にわたる残効性が必要とされる木材保存組成物(木材保存剤)として実用上適さないとの認識を示しているのである。

次に、同号証には、上記記載に続いて、「最近、殺虫効力および耐光性の大きい3-フェノキシベンジル-2、3-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート(注 この記載は、3-フェノキシベンジル-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレートの誤記である。)などが合成された。」と記載され、「文献14」(甲第4号証)が引用されており、審決は、上記記載をもって、甲第3号証には、「パーメスリンは、ピレスロイド系化合物について残効性の問題があるとの指摘に続き記載されていることからみて、このような従来の問題点を解決する可能性のある化合物との認識で記載されているものと理解できる。」旨認定しているのであるが、以下述べるとおり誤りである。

<3> 甲第4号証には、その169頁の本文1行ないし13行の冒頭部分に「天然ピレスリン(レファレンス1、2参照)(例えば、ピレスリンΙ(1))及び同系列の合成殺虫剤(アレスリン(2)、バイオアレスリン(3)、レスメスリン(4)、バイオレスメスリン(5)、シスメスリン(6)、エタノクリサンスメート(7))は、大気中および光の中で不安定である(レファレンス1、2、4参照)。この特性のせいで、他に有利な特性(レファレンス1-3参照)(多種の昆虫類に目立った効力を発揮し、反応が速く、哺乳動物への毒性が低い)を持つにもかかわらず、特に農作物の害虫に対しては使用が制限されている。そこで、ここに、従来のピレスロイドよりも10~100倍光に対して安定し、かつ、バイオレスメスリン(5)と同程度昆虫に対して活性で、哺乳動物への毒性も低い、新しい合成エステルを紹介する。」と記載され、引き続いて、パーメスリンなどが、マスタードビートル(和名はカラシナハムシ)のような農業害虫、家蝿、ハマダラカのような衛生害虫に対して殺虫活性を示すこと、室内の窓際及び戸外の石英板の下での日光に対し、その半減期で各々3週間以上及び約4日であり、従来のピレスロイド系化合物に比し、10~100倍光に対して安定であること、及び哺乳動物に対して低毒性であることが実験データで示され、そして、170頁12行ないし15行に、これらの実験結果に基づく考察として、「このようなより高度の安定性は、害虫駆除の範囲を広げるであろう一方で、これらの新しいエステルの持続性は適度であるので、従って、毒性の残留の恐れがないという利点は保持されるであろう。加えて、哺乳類に及ぼす毒性は低い。」と記載されている。

これらの記載は、従来のピレスロイドが、多種の昆虫に目立った効力を発揮し、反応が速く、哺乳動物への毒性が低いといった有利な特性を有しながらも、空気及び光の中で不安定であるが故に、農業分野での使用が制限されていたとの状況の中で、パーメスリンなどの新しい合成エステルが、従来のピレスロイドに比し耐光性が大きいことから、農業分野でも使用することが可能であり、またそのエステルとしての持続性、即ち安定性も適度であることから、農業分野での使用に問題となる残留の恐れもないとの認識を示していることに他ならないのである。

<4> このような認識は、甲第4号証と全く同一の著者らによる甲第6号証からも充分窺知し得るところである。即ち、

甲第6号証721頁の緒言の欄には、「天然ピレトリン及び大部分の類縁合成化合物は、空気や光に対して不安定であるが故に、その使用が制限されている。何れにしても、今までのところ、天然または合成ピレスロイドの残留が哺乳類や自然界を害する兆候はなく、安全であり、一方では、殊に園芸および農業分野に於いては、同様の化学的性質および殺虫性を持つ、より安定な化合物が望まれている。本稿では、その様な化合物の開発に於ける我々の進捗状況を述べる。」と記載され、これに引き続いて、新化合物であるNRDC143(注 その後「パーメスリン」との一般名で呼ばれている)がマスタードビートル(和名カラシナハムシ)のような農業害虫、家蝿などの衛生害虫に対して、殺虫活性を示すこと、室内の窓際でのガラス板上で日光に対し、20日後で60%残存し、合板上の沈殿物として12週間以上、太陽灯では26日以上、戸外の石英板の下での日光に対し10日経過でもかなりの量が残り、サトウキビ及び芽キャベツ葉上で10~20日間かなりの量が残存し、従来のピレスロイド系化合物に比し光安定性に富むことが実験データで示されており、かかる記載もまた、パーメスリンが、園芸及び農業分野に求められる安定性、即ち、問題となる残留の恐れがないこと、哺乳類に対し低毒性であるとの性質及び殺虫性を併せ持つと共に、従来のピレスロイド系化合物に比し、より安定であるとの認識を示しているのである。

<5> このように甲第3号証で引用の文献14(甲第4号証)には、パーメスリンが、従来のピレスロイド系化合物に比して耐光性が大きく、従来のピレスロイド系化合物が実質上使用され得なかった農業分野や園芸分野にも使用できるとの知見が記載されてはいるものの、そのエステルとしての持続性(安定性)については、農業分野に求められる適度な持続性、即ち、作物残留の恐れのない程度(収穫時には、その残留毒性の恐れのない程度)を有するとめ認識、換言すれば、実質的に収穫期を越えて残留する恐れはないとの記載がむしろパーメスリンの利点として記載されているのであり、したがって、甲第4号証には、木材保存剤に求められるような、複数年にもわたり安定に存在し、その効力を維持する性質(残効性)を有し得ることなどは何ら記載されていないばかりか、その示唆すら全くなされていないのである。

そして、かかる甲第4号証の記載事実があるからこそ、甲第3号証の著者は、甲第3号証において、例えばその23頁に記載の「残効性」との用語とは明確に区別して、同頁右欄18行ないし21行に「最近、殺虫効力および耐光性の大きい3-フェノキシベンジル-2、3-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート14)などが合成された。」との記載をしているのである。

<6> 審決は、このような背景事実を看過し、甲第3号証の上記記載、即ち、「パーメスリンの耐光性が大きい」との記載をもって、あたかもこれが木材保存剤に求められる、複数年にもわたり安定でその効力を維持する性質(残効性)に直結するものと誤認し、甲第3号証につき、前記のとおりの認定をしているものであって、明らかに失当である。

(2)  審決はまた、甲第3号証の上記記載について、事実関係の認定に極めて重要な影響を及ぼす重大な見落としをしており、かかる見落としにより甲第3号証を記載の事実と全く反する誤った理解をなし、審決の結論に重大な影響を与えているのである。即ち、

甲第3号証の「4.2 ピレスロイド系化合物」の項には、審決が部分的に引用した「ピレスロイド系化合物は、殺虫効力は強いが、残効性および価格に問題がある。木材害虫の駆除には用いられているが、予防には用いられにくい。最近、殺虫効力および耐光性の大きい3-フェノキシベンジル-2、3-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレートなどが合成された。」という記載に引き続いて、その後段として、「また、(S)-α-シアノ-3-フェノキシベンジル-cis(1R、3R)-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジプロムビニル)シクロプロパンカルボキシレート15)の殺虫効力はきわめて強いが、毒性も著しいことが明らかにされた。残効性が大きく、安価なピレスロイド系化合物の開発が望まれる。」と明確に記載され、「4.2 ピレスロイド系化合物」としては「残効性が大きく、安価なピレスロイド系化合物の開発が望まれる。」と結論しているのである。

この記載における「開発が望まれる」との結論は、同号証に具体的に記載されているパーメスリンなど2種のピレスロイド系化合物を含めて、ピレスロイド系化合物についてはいずれも残効性、価格、毒性などの点で問題を有しているため、未だ木材保存剤として実用上適するとはいえず、さらに新たなピレスロイド系化合物の開発が必要であるとの技術認識によるものであって、かかる記載からは、審決でいう「従来の問題点を解決する可能性のある化合物との認識で記載されているものと理解できる。」との解釈は到底なし得ず、むしろ未だ既存のピレスロイド系化合物は木材保存剤として実用上適するものではないとの技術認識を記載していることに他ならない。

審決は、甲第3号証の上記後段の記載を看過し、該記載を全く考慮することなく、「パーメスリンは、ピレスロイド系化合物について残効性の問題があるとの指摘に続き記載されていることからみて、このような従来の問題点を解決する可能性のある化合物との認識で記載されているものと理解できる。」との誤った判断を行っている。

(3)  審決は、「甲第3号証の1、甲第4号証、甲第5号証の1(本訴における甲第4号証ないし甲第6号証)に、農業分野についてではあるが殺虫効力、残効性、毒性について改善の程度が具体的に示されていることを考えれば、パーメスリンについて木材の害虫に対する殺虫効力、残効性等の効果を期待して具体的に試験、確認を試みることは当事者が通常行うことであって、この確認作業に何ら創意が要されたとはいえない。また、その具体的確認の結果である木材の害虫に対する殺虫効力、残効性および哺乳類に対する毒性についてみても、いずれも甲第2号証、甲第3号証の1、甲第4号証、甲第5号証の1(本訴における甲第3号証ないし甲第6号証)に記載されたものから全く予期し得ないというほどのものとはいえない。」(審決書15頁17行ないし16頁10行)としている。

<1> しかしながら、甲第4号証ないし甲第6号証には、前述のように、パーメスリンがマスタードビートルのような農業害虫、家蝿、ハマダラカのような衛生害虫に対して殺虫活性を示すこと、従来のピレスロイド系化合物に比して耐光性が大きいこと、及び哺乳類に対して低毒性であり、家庭用(防疫用)及び農業規模で昆虫を殺滅または制御するために使用できること、及びエステルとしての持続性(安定性)が適度であるので、農業分野及び園芸分野で問題となる毒性の残留の恐れがない、即ち、収穫時には実質的に残留が認められないとの利点が保持されるであろうことが記載されているのみである。

<2> 上記記載に照らせば、パーメスリンが、上記甲第4号証ないし甲第6号証に記載の供試虫とは少なくともその種を異にするシロアリやヒラタキクイムシに対し、しかも農業分野及び園芸分野では問題とされるような、複数年にもわたり安定に存在し、高い殺虫効力を持続する性質(残効性)を有することなどは期待するべくもなく、ましてや甲第3号証には、前述のように、パーメスリンを含めピレスロイド系化合物が未だ木材保存剤として、実用上適するものではないとの技術認識が記載されているのであって、木材保存剤として求められる上記のような殺虫効力や残効性を期待して試験を試みる動機すら得られるものではなく、したがって、本件発明の出願当時において、かかる効果を期待して具体的に試験、確認を試みることは、当業者が通常行うことでもないのである。

さらに、本件発明は、特定のピレスロイド系化合物を木材保存組成物の有効成分として採用することにより、シロアリやヒラタキクイムシに対して、18ヶ月にもわたる試験期間中、その効力が全く低下することなく持続されるという、甲第3号証ないし甲第6号証の記載からは予測し得ない優れた効果を奏するものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告ら主張の誤りはない。

2  反論

(1)  本件発明における用途は要するに殺虫剤という範疇にあり、殺虫剤という用途以外の何ら新しい用途を見出したものでない。そして、本件発明はパーメスリンの用途に関して何ら新しい異質の性質ないし作用効果を発見したものでもない。

また、本件発明が、持続性のある殺虫剤として、従来の予測を越えた特段の効果(効果の量的顕著性)を発揮したということもない。本件明細書には、その実施例5において、パーメスリンのヒラタキクイムシやシロアリに対する木材上の残効性の実験がなされ、18カ月後も配合剤5の乳剤が100%の残効性を示したとされている。しかしながら、第1に、乙第4号証(甲第4号証)や乙第5号証(甲第6号証)においてもパーメスリンの安定性に関しての種々の実験がなされており、従来のピレスロイドにはない良好な安定性を示す種々のデータが示されている。そして、これら乙第4号証や乙第5号証におけるデータと本件明細書の前記実施例5でのデータとは、パーメスリンの量やその他の実験条件が同じではないので、単純には比較できるものではなく、数値的な比較は意味をなさないといえる。第2に、前記実施例5の実験における18ヵ月というデータについては、パーメスリンの安定性を試験する上で重要な光環境の条件が不明なままのデータであり、パーメスリンそのものの安定性を評価する上での数値データとしては不十分なデータである。即ち、他のパーメスリンに関する安定性のデータと比較して、その数値の大小を云々することはできないものである。唯一、同じ条件下でなされたであろうとされている20%クロルデン乳剤や10%フェニトロチオン乳剤とに対してのみの比較ができるだけである。第3に、パーメスリンの物質としての安定性は同じパーメスリンである限りは物理的に同じであり、該パーメスリンが開発された時点以降において変化することはない。即ち、殺虫剤の薬効とその持続性を考えた場合、薬効それ自体は、虫の種類や個体によって同一ではないが、その持続性に関してはパーメスリンという物質自体の安定性と密接に関係することから、持続性(残効性)の程度は、実験条件によってバラツキはあるものの、パーメスリンの本質において当初より変わるものではない。第4に、乙第4号証(甲第4号証)によれば、光安定性が不十分ゆえ持続性がなかった従来のピレスロイド系殺虫剤に対して、パーメスリンは従来のピレスロイドよりも10~100倍も光に対して安定であるという記載がなされている。

してみれば、本件発明の効果は、パーメスリンの従来から知られた作用効果の延長線上を決して越えるものではなく、ましてや従来にはない顕著な効果を奏するものでないことは明白である。

以上により、本件発明はパーメスリンの用途発明として重要な、異質の効果や格別顕著な効果を何ら発揮しないことが明白であり、特許されるべき進歩性の要件を満たしていないことは明らかである。

(2)  甲第4号証及び甲第5号証には、パーメスリンの用途に関して、パーメスリンが木材保存分野(実質的には木材害虫の速効的及び持続的殺虫分野あるいは防虫分野)やヒラタキクイムシ、シロアリの防除に適用される旨の具体的な記載はない。また、甲第6号証には合板上でのパーメスリンの安定性に対する試験結果が記載されているが、木材害虫やヒラタキクイムシ、シロアリの防除に関する直接的な記載はなされていない。

しかしながら、甲第4号証及び甲第6号証は、マイケル・エリオットらがパーメスリンというピレスロイド系の新規殺虫物質を新たに世に提供した論文であり、甲第4号証には、光安定性が悪く、したがって効果の持続性が求められる分野での使用が期待されなかった従来のピレスロイド系殺虫物質に対して、それよりも10~100倍も光安定性に優れたパーメスリンを紹介する旨の記載がなされており、甲第4号証が、効力の持続性が求められる分野での殺虫剤としてのパーメスリンの可能性を示唆していることは明確である。また甲第6号証には、同様に新たに合成されたパーメスリンが従来のピレスロイドに比べて10~100倍も光安定性に優れた旨の記載がなされており、また合板上でのパーメスリンの安定性に関する試験がなされていて、結論として、「優秀な殺虫活性、哺乳類への比較的安全性及びより大きな安定性の組み合わせによって、パーメスリンは、より不安定ではあるものの十分な活性を持ったピレスロイドができなかったいくつかの昆虫防除の応用を示すものである」旨の記載もなされている。したがって、甲第6号証が効力の持続性を求められる分野での殺虫剤としての有望性、可能性を示唆していることは明確である。

甲第4号証には、確かに農業と園芸の分野に関する記載、農業害虫とされる僅かな種類といえる昆虫に対するデータが記載されている。その一方、木材保存分野や木材害虫駆除に関する分野でのデータがこの論文には具体的に記載されているわけではない。しかしながら、甲第4号証の論文は、単に農業分野やそこに記載される僅かな虫に対するパーメスリンの性質を記載し、示唆するだけに終わるものではない。甲第4号証の論文は、従来のピレスロイドにおいては決して実現できなかった薬効の持続性に関して、パーメスリンこそが正にその画期的な持続性を持ち、従来のピレスロイドでは不可能であった分野への大きな適用の可能性を明らかにしたものである。このことは、エリオットらの論文が基礎科学を扱うものとして最も権威のある論文誌での発表であることからしても明らかであり、また通常の知識を有する者であればそのようにこの論文を読むのが当然である。前記農業分野や僅かな虫に対するいくつかのデータは、より大きな意味を持つ内容の流れの中の一部として位置づけられるべきものである。

甲第6号証においても、同様であり、農業分野や園芸分野に対する僅かな記載と、家蝿やマスタードビートル等の限られた虫に対するデータが記載されているが、本論文はそのような単に具体的記載のある分野やデータに記載された虫に限定されて理解されるべき論文ではない。該論文に具体的に記載された内容から広い視野をもってパーメスリンの可能性を理解すべき論文である。勿論、甲第6号証には合板上でのパーメスリンの安定性の試験がなされている。また結論において、パーメスリンの持つ昆虫防除の大きな可能性も示唆されている。

甲第3号証においては、同じピレスロイド系である従来のピレスロイドの木材害虫に対する駆除及び予防の現状、及びそれに引き続いて殺虫効力及び耐光性の大きいパーメスリンが合成された旨の記載がなされている。即ち、木材保存分野(実質的には木材害虫の防除分野)において、少なくとも優れた安定性を有するパーメスリンの適用性が言及されている。当業者は、この木材害虫の防虫の項において、従来のピレスロイドにはない安定性を誇るパーメスリンの存在を知らされ否ことで、木材害虫の持続的防除へのパーメスリンの適用性を容易に想到するのである。

第4  証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の要旨)及び3(審決の理由)については、当事者間に争いない。

そして、審決の理由Ⅲ(甲第3号証ないし甲第6号証の記載事項の認定)、同Ⅳの1(無効理由1についての認定、判断)のうち、「このような従来の問題点を解決する可能性のある化合物との認識で記載されているものと理解できる。」、「従来のピレスロイド系化合物の欠点であった残効性の問題まで解決し得る可能性があることが記載されているといえる。」、「従来のピレスロイド系化合物の欠点であった残効性の問題を解決し得る可能性があることが示唆されている」との部分を除くその余の認定、判断についても、当事者間に争いがない。

2  本件発明の概要

甲第9号証の1によれば、本件明細書には、本件発明の技術的課題(目的)及び効果等について、次のとおり記載されていることが認められる。

(イ)  「住宅、構築物等の建材、調度品、家具あるいは一般工業用材として使用される木材は、種々の好ましくない生物、特に虫による被害や、微生物による劣化を受ける。わけても建築材でのシロアリの被害や、ラワン材、ナラ材でのヒラタキクイムシの被害はよく知られているが、従来これらの被害防除には、ディルドリン、クロルデン、BHC、PCPなどの有機塩素化合物や有機錫化合物および銅、砒素、クロムなどの無機塩化合物などが使用されてきた。しかしこれら化合物は、いずれも毒性が強く、その使用取扱いに制限があり、安全性等から充分な処理を行えない場合が多かった。また比較的安全性の高い化合物も、高い効果を得るためには多量に使用せねばならないため、環境汚染をひき起こす危険性があった。このようなことから、従来のもの以上に安全で有効な木材保存剤の出現が強く望まれてきた。さらに虫害について言えば、農作物害虫や衛生害虫に対しては、より安全性の高い薬剤として有機燐系殺虫剤、カーバメート系殺虫剤またはピレスロイド系殺虫剤等が開発され、それなりに利用されているが、木材用途では全く顧り見られていない状況下にあった。すなわち、農業用あるいは家庭用、家畜用、貯穀用としては充分な効力があるものの、木材保存用としてはほとんど利用されてきていない。その理由は従来、農業用や防疫用に用いられているピレスリン、アレスリンなどのピレスロイド系化合物、フェニトロチオン、フェンチオンなどの有機燐系化合物を木材保存用途として用いた場合、安定性に欠け、かつ木材中での保留効果がきわめて少ないため通常の技術では実用に供し得ないためである。」(甲第9号証の1第1欄35行ないし第2欄29行)

(ロ)  「本発明者らは、この現状に鑑み種々の研究を行った結果、ピレスロイド系の化合物の一種である構造式〔1〕で示される化合物を含有する組成物が、従来農業用、防疫用として知られるピレスロイド系殺虫剤の概念を超えて木材保存用用途における優れた特性を有することを見出した。すなわち、本発明になる構造式〔1〕で示される化合物を有効成分として含有する組成物は、木材害虫に対し現在最もよく用いられている代表的な殺虫性化合物クロルデンに比しても、はるかに優れた殺虫効力を示すばかりでなく、その効力の持続性も卓越している。すなわち、・・・本発明組成物で加工された木材は、比較した他の薬剤による加工木材と異なり、試験期間中その効力がまったく低下することなく持続され、本組成物が木材保存用薬剤としての優れた性能を示すものであることを見出し、本発明を完成した。また本発明組成物の他の長所としては皮膚、粘膜刺激性、カブレ等もなく、低毒性であり、その上従来の木材保存用薬剤に見られるような特殊な樹脂加工により効力を持続させるといった加工技術上の弊害も打破される点も挙げることができる。」(同第2欄32行ないし第3欄17行)

(ハ)  「代表的なシロアリ用駆除剤であるクロルデンにくらべても、化合物〔1〕が著しく優れた殺虫効力を持っていることが判る。」(同第5欄25行ないし27行)

(ニ)  「いずれの本組成物もシロアリに対し充分な殺虫効力があることが判る。」(同第7欄1行、2行)

(ホ)  「化合物〔1〕はヒラタキクイムシ幼虫に対し、きわめて高い効力を有することがわかる。」(同第7欄24行ないし26行)

(ヘ)  「化合物〔1〕は、木材保存用途には不可欠の残効性が優れていることが判る。このことは、従来の有機燐やピレスロイドが殺虫効力や安全性に優れていながら木材用途に全く顧みられなかったことに対して化合物〔1〕は、それらの短所を補うものであり、きわめて特長ある薬剤であることを示している。」(同第9欄18行ないし2.4行)

3  取消事由に対する判断

(1)<1>  甲第3号証には、「木材の防腐・防虫」と題する論文の「4.防虫剤」の項に、「木材を加害するおもな昆虫は、シロアリおよびヒラタキクイムシである。」(23頁左欄下から9行、8行)と記載され、「4.1」の項から「4.5」の項に、防虫剤として、フェニル尿素系化合物、ピレスロイド系化合物、有機リン系化合物、フェロモン、耐蟻性成分があげられ、「4.2 ピレスロイド系化合物」の項に、「ピレスロイド系化合物は、殺虫効力は強いが、残効性および価格に問題がある。木材害虫の駆除には用いられているが、予防には用いられにくい。最近、殺虫効力および耐光性の大きい3-フェノキシベンジル-2、3-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート14)などが合成された。」(23頁右欄16行ないし21行)と記載され、上記頭注の文献14として「M.Elliott et al:Nature,246,170(1973)」が挙げられていることは、当事者間に争いがない。

そして、甲第3号証には、上記記載に続いて、「また、(S)-α-シアノ-3-フェノキシベンジル-cis(1R、3R)-2、2-ジメチル-3-(2、2ジブロムビニル)シクロプロパンカルボキシレート15)の殺虫効力はきわめて強いが、毒性も著しいことが明らかにされた。残効性が大きく、安価なピレスロイド系化合物の開発が望まれる。」(23頁右欄22行ないし26行)と記載されていることが認められる。

なお、上記「3-フェノキシベンジル-2、3-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート」は、「3-フェノキシベンジル-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート」の誤記であることは、当事者間に争いがない。

上記のとおり、甲第3号証には、従来から、ピレスロイド系化合物がシロアリやヒラタキクイムシ等の木材の害虫に対する防虫剤として用いられているものの、従来の、ピレスロイド系化合物は、殺虫効力は強いが、残効性及び価格に問題があり、木材害虫の駆除には用いられているが、予防には用いられにくいこと、最近合成されたピレスロイド系化合物である3-フェノキシベンジル-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート(パーメスリン)は殺虫効力及び耐光性が大きいことが記載されているところ、上記の「ピレスロイド系化合物は、殺虫効力は強いが、残効性および価格に問題がある。木材害虫の駆除には用いられているが、予防には用いられにくい。」との技術認識の表明に続いて、「最近、殺虫効力および耐光性の大きい3-フェノキシベンジル-2、3-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルポキシレート14)などが合成された。」と記載されていること、及び、殺虫作用を有する有機化合物が光分解を受けると殺虫作用が消失あるいは減少することは技術的に自明であって、耐光性(光に対する安定性)が残効性(薬効の持続性)に極めて密接に影響を及ぼすものであることからすれば、上記のとおりパーメスリンにつき、「耐光性の大きい」と記載されていれば、通常、残効性を改善し得るものであることを示唆しているものと解されることからすると、甲第3号証には、3-フェノキシベンジル-2、3-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート(パーメスリン)が、従来のピレスロイド系化合物の欠点であった残効性の問題を解決する可能性のある化合物であって、木材保存組成物の有効成分として利用し得ることが示唆されているものと認めるのが相当である。

<2>  原告らは、甲第3号証で引用の文献14(甲第4号証)には、パーメスリンが、従来のピレスロイド系化合物に比して耐光性が大きく、従来のピレスロイド系化合物が実質上使用され得なかった農業分野や園芸分野にも使用できるとの知見が記載されてはいるものの、そのエステルとしての持続性(安定性)については、農業分野に求められる適度な持続性、即ち、作物残留の恐れのない程度(収穫時には、その残留毒性の恐れのない程度)を有するとの認識、換言すれば、実質的に収穫期を越えて残留する恐れはないとの記載がむしろパーメスリンの利点として記載されているのであり、したがって、甲第4号証には、木材保存剤に求められるような、複数年にわたり安定に存在し、その効力を維持する性質(残効性)を有し得ることなどは何ら記載されていないばかりか、その示唆すら全くなされていないのに、審決は、甲第3号証における「パーメスリンの耐光性が大きい」との記載をもって、あたかもこれが木材保存剤に求められる、複数年にもわたり安定でその効力を維持する性質(残効性)に直結するものと誤認して、甲第3号証につき、前記のとおりの認定をしているものであって、明らかに失当である旨主張する。

甲第4号証に、「天然ピレスリン(レファレンス1、2参照)(例えば、ピレスリンⅠ(1))及び同系列の合成殺虫剤(アレスリン(2)、バイオアレスリン(3)、レスメスリン(4)、バイオレスメスリン(5)、シスメスリン(6)、エタノクリサンスメート(7))は、大気中および光の中で不安定である(レファレンス1、2、4参照)。この特性のせいで、他に有利な特性(レファレンス1-3参照)(多種の昆虫類に目立った効力を発揮し、反応が速く、哺乳動物への毒性が低い)を持つにもかからず、特に農作物の害虫に対しては使用が制限されている。そこで、ここに、従来のピレスロイドよりも10~100倍光に対して安定し、かつ、バイオレスメスリン(5)と同程度昆虫に対して活性で、哺乳動物への毒性も低い、新しい合成エステルを紹介する。」(169頁左欄表1の上16行ないし4行)、「これに対して、3-フェノキシベンジルアルコールと2、2-ジクロロビニル酸とのエステル(9)は、予想を上回る効力を発揮した。それは、例えばバイオレスメスリン(5)の家蝿に対する効力と同じくらい、またマスタービートルに関しては、2.5倍以上も効力があった。これに対応する(±)ーシス、トランスエステル(11)と(4)は効力に類似の差があった。」(169頁右欄表1の上13行ないし8行)、「新らしいエステルの光中での安定性を決定するため、沈着物(0.2mg cm-2)が室内の窓際で日光に晒された。こうした状況のもとで、50%(ガスクロマトグラフ法により測定)の5-ベンジル-3-フリルメチルアルコールエステル(4-7)は4-6時間で失われたのに対し、3-フェノキシベンジルエステル(11)は、3週間以上も存続した。同様の沈着物を、戸外で、雨や風からは守るが紫外線や可視光線は通す水晶板の下に置いた。このような加速テストでは、好天の際はフィルムが50℃に達するのだが、バイオレスメスリン(5)は1-2時間しか存続しなかったのに対し、3-フェノキシベンジルエステル(11)は約4日続いた。」(169頁右欄表1の上3行ないし170頁左欄8行)、「このような高度の安定性は、害虫駆除の範囲を広げるであろう一方で、これらの新しいエステルの持続性は適度であるので、したがって、毒性の残留の恐れがないという利点は保持されるであろう。加えて哺乳類に及ぼす毒性は低い(表1参照)。」(170頁左欄12行ないし15行)と記載されていることは、当事者間に争いがない。

上記のとおり、甲第4号証には、従来のピレスロイド系化合物が、殺虫剤として多種の昆虫に顕著な効果を発揮し、反応が速く、哺乳類への毒性が低いといった有利な特性を持つにもかかわらず、空気及び光の中で不安定であるため、特に農作物の害虫については使用が限定されていたが、従来のピレスロイド系化合物よりも10ないし100倍も光に対して安定した新しい合成エステルを紹介する旨、そして、パーメスリンの有する安定性は、適用できる害虫駆除の範囲を広げることができる一方、パーメスリンの持続性は適度であるので、毒性の残留の恐れがないという利点は保持される旨記載されているのであって、甲第4号証は、パーメスリンが、木材保存剤に求められるような、その効力を維持する性質(残効性)を有するものとして、直接的に開示ないし示唆しているわけではない。

しかし、甲第4号証において、パーメスリンは、光に対する安定性が改善され、その効果を持続することができる性質を有するものとして紹介されており、木材関係の文献である甲第3号証に、甲第4号証の文献を引用して、パーメスリンが「耐光性の大きい」ものと記述されているのであるから、木材関係に携わる当業者において、甲第3号証には、パーメスリンが、木材保存剤に求められる残効性の問題を解決する可能性のある化合物であることが示唆されているものと理解するものと認めるのが相当であり、原告らの上記主張は採用できない。

<3>  また原告らは、甲第3号証の上記「残効性が大きく、安価なピレスロイド系化合物の開発が望まれる。」中の「開発が望まれる」との結論は、同号証に具体的に記載されているパーメスリンなど2種のピレスロイド系化合物を含めて、ピレスロイド系化合物についてはいずれも残効性、価格、毒性などの点で問題を有しているため、未だ木材保存剤として実用上適するとはいえず、さらに新たなピレスロイド系化合物の開発が必要であるとの技術認識によるものであって、かかる記載からは、審決でいう「従来の問題点を解決する可能性のある化合物との認識で記載されているものと理解できる。」との解釈は到底なし得ず、むしろ未だ既存のピレスロイド系化合物は木材保存剤として実用上適するものではないとの技術認識を記載していることに他ならない旨主張する。

しかし、甲第3号証において、「ピレスロイド系化合物は、殺虫効力は強いが、残効性および価格に問題がある。木材害虫の駆除には用いられているが、予防には用いられにくい。」との記載に続いて、「最近、殺虫効力および耐光性の大きい3-フェノキシベンジル-2、3-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート14)などが合成された。」と記載されていることの文脈からすれば、パーメスリンが従来の問題点である残効性の問題を解決する可能性を有するものとして記載されているものと理解するのが自然であり、「残効性が大きく、安価なピレスロイド系化合物の開発が望まれる。」と記載されていることをもって、少なくともパーメスリンについて、木材保存剤として実用上適するものではないとか、あるいはその可能性もないといった技術認識が明確に記載されているものとまでは認められない。

したがって、原告らの上記主張は採用できない。

<4>  以上のとおりであって、審決が、パーメスリンについて、甲第3号証には、「該化合物は、ピレスロイド系化合物について残効性の問題があるとの指摘に続き記載されていることからみて、このような従来の問題点を解決する可能性のある化合物との認識で記載されているものと理解できる。」(審決書11頁14行ないし19行)、「パーメスリンは殺虫力および耐光性が大きいので、従来のピレスロイド系化合物の欠点であった残効性の問題を解決し得る可能性があることが記載されているといえる。」(同12頁4行ないし10行)、「パーメスリンを木材の害虫に対する防虫剤として用いた場合、この化合物は殺虫効力および耐光性が大きいので、従来のピレスロイド系化合物の欠点であった残効性の問題まで解決し得る可能性があることが示唆されている」(同13頁5行ないし13行)、「パーメスリンを木材組成物の有効成分として用いたことについては記載されていないものの、該化合物が木材保存組成物の有効成分として利用し得ること、および残効性を改善し得ることについての示唆はなされている。」(同14頁12行ないし17行)とした認定に誤りはないものというべきである。

(2)<1>  甲第4号証の記載事項は前記(1)<2>のとおりである。

そして、甲第5号証には、3-フェノキシベンジル-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレートを含む特定のピレスロイド化合物が、殺虫組成物の有効成分として用いられること、光に対しこれまで知られている酸からのエステルよりもはるかに安定であること、該殺虫組成物は、家庭用または農業用規模で昆虫を殺滅または制御するために使用することができ、殺虫力も優れていること、及びイエバエ及びカラシナハムシに対する殺虫特性、ねずみに対する毒性が記載されていること、甲第6号証には、合成ピレスロイド、NRDC143〔3-フェノキシベンジル(±)シス、トランス-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート〕は、従来のピレスロイドに比べ大気・光中での安定性が高く、レスメスリン等よりもイエバエ、マスタードビートルに対して殺虫効力があり、哺乳類への毒性が低いことが記載されていること、は当事者間に争いがない。

<2>  原告らは、甲第4号証ないし甲第6号証には、パーメスリンが農業害虫、衛生害虫に対して殺虫活性を示すこと、家庭用(防疫用)及び農業規模で昆虫を殺滅または制御するために使用できること、及びエステルとしての持続性(安定性)が適度であるので、農業分野及び園芸分野で問題となる毒性の残留の恐れがないことが記載されているのであり、かかる記載に照らせば、パーメスリンが甲第4号証ないし甲第6号証に記載の供試虫とは、少なくともその種を異にするシロアリやヒラタキクイムシに対し、しかも農業分野及び園芸分野では問題とされるような、複数年にもわたり安定に存在し、高い殺虫効力を持続する性質(残効性)を有することなどは期待するべくもなく、ましてや甲第3号証には、パーメスリンを含めピレスロイド系化合物が未だ木材保存剤として、実用上適するものではないとの技術認識が記載されているのであって、木材保存剤として求められる上記のような殺虫効力や残効性を期待して試験を試みる動機すら得られるものではなく、したがって、本件発明の出願当時において、かかる効果を期待して具体的に試験、確認を試みることは、当業者が通常行うことでもなく、また、本件発明は特定のピレスロイド系化合物を木材保存組成物の有効成分として採用することにより、シロアリやヒラタキクイムシに対して、18ケ月にもわたる試験期間中、その効力が全く低下することなく持続されるという、甲第3号証ないし甲第6号証の記載からは予測し得ない優れた効果を奏するものであることを理由として、「パーメスリンについて木材の害虫に対する殺虫効力、残効性等の効果を期待して具体的に試験、確認を試みることは当業者が通常行うことであって、この確認作業に何ら創意が要されたとはいえない。また、その具体的確認の結果である木材の害虫に対する殺虫効力、残効性および哺乳類に対する毒性についてみても、いずれも甲第2号証、甲第3号証の1、甲第4号証、甲第5号証の1(本訴における甲第3号証ないし第6号証)に記載されたものから全く予期し得ないというほどのものとはいえない。」(審決書16頁1行ないし10行)との審決の判断の誤りを主張する。

確かに、甲第4号証ないし甲第6号証に記載された供試虫は、木材害虫であるシロアリやヒラタキクイムシとは種を異にするものであり、甲第4号証には、パーメスリンがエステルとしての持続性が適度であるので、毒性の残留の恐れがないという利点が保持されることが記載されていて、パーメスリンが、木材保存剤に求められるような、その効力を維持する性質(残効性)を有するものとして、直接的に開示ないし示唆されているわけではない。

しかし、甲第3号証には、ピレスロイド系化合物が木材の害虫に対し強い殺虫効力を有することが開示され、ピレスロイド系化合物であるパーメスリンは残効性についても改善し得ることが示唆されていることは、上記(1)に認定、説示のとおりである。そして、上記<1>に説示のとおり、甲第4号証ないし甲第6号証には、パーメスリンの殺虫効力、毒性についての改善の程度が具体的に記載されているほか、パーメスリンは、光に対する安定性が改善されたものであることが示されている。

これらによれば、パーメスリンについて木材の害虫に対する殺虫効力、残効性等の効果を期待して具体的に試験、確認を試みる程度のことは、当業者であれは、格別の創意なくして行う程度のことと認められる。

次に、甲第9号証の1によれば、本件発明の実施例5において、パーメスリンに灯油と乳化剤を添加した乳剤と、20%クロルデン乳剤と10%フェニトロチオ乳剤について、シロアリとヒラタキクイムシを用いて木材上での残効性について比較試験した結果、前者の場合には、18ヵ月の試験期間中その効力が低下することなく持続されたことが認められる。

しかし、甲第3号証には、パーメスリンが耐光性が大きいことが記載され、甲第4号証ないし甲第6号証にも、パーメスリンは光に対する安定性が改善されたものであることが示されていること、甲第3号証には「残効性の付与には、パラフィン類、グライコール類などのような揮散しにくい物質を添加する方法があり」(24頁右欄9行ないし11行)と記載されているところ、本件発明の実施例5では油剤として揮発性の小さい灯油が使用されていることを考慮すると、本件発明のパーメスリンの残効性効果は、予測し得る程度のものであると認められる。

したがって、審決の上記判断に誤りはなく、原告らの上記主張は採用できない。

(3)  上記のとおりであるから、本件発明は甲第3号証ないし甲第6号証に記載されたものから当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の判断に誤りはないものというべきであって、原告ら主張の取消事由は理由がない。

4. よって、原告らの本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成6年審判第19732号

審決

兵庫県神戸市中央区加納町4丁目10番24号

請求人 アイ・ビー・アール株式会社

兵庫県神戸市中央区海岸通6番地 建隆ビルⅡ5階 室田特許事務所

代理人弁理士 室田力雄

大阪府大阪市中央区北浜4丁目5番33号

被請求人 住友化学工業株式会社

兵庫県尼崎市南塚口町6丁目10番73号

被請求人 神東塗料株式会社

東京都港区西新橋3丁目15番8号 西新橋中央ビル302号 吉嶺特許事務所

代理人弁理士 中本宏

東京都港区西新橋3丁目15番8号 西新橋中央ビル302号 吉嶺特許事務所

代理人弁理士 吉嶺桂

東京都港区西新橋3丁目15番8号 西新橋中央ビル302号 吉嶺特許事務所

代理人弁理士 金谷宥

上記当事者閥の特許第1191720号発明「木材保存組成物」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

特許第1191720号発明の特許を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

Ⅰ. 手続の経緯・本件特許発明の要旨

本件第1191720号特許は、昭和50年11月26日に出願され、特公昭58-23201号として出願公告された後、昭和59年2月29日に設定登録されたものであって、その発明の要旨は、願書に添付された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの

「構造式

<省略>

で示される化合物を有効成分として含有することを特徴とする木材保存組成物。」

にあるものと認める。

Ⅱ. 当事者の主張等

1. 請求人の主張

<1>本件特許発明は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物である甲第2号証、甲第3号証の1、甲第4号証または甲第5号証の1に記載された発明と同一であり、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し、特許を受けることができないものである(無効理由1)、若しくは

<2>本件特許発明は、その出願前に日本国内に頒布された刊行物である甲第2号証、甲第3号証の1、甲第4号証および甲第5号証の1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである(無効理由2)

から、本件特許は特許法第123条第1項の規定により無効とされるべきものである。

2. 請求入の提示した証拠方法

甲第1号証の1:特公昭58-23201号公報

甲第1号証の2:住友化学工業株式会社からの特許公報訂正依頼に対する特許庁公報課からの確認書面

甲第2号証:「木材学会創立20周年記念特集号林産工業における研究・技術の現状と問題点」昭和50年3月20日、日本木材学会発行、21~27頁

甲第3号証の1:NATURE, VOL. 246, NOVEMBER 16 1973、 P. 169~170

甲第4号証:特開昭49-47531号公報

甲第5号証の1:Proceedings 7th Briitish Insecticide and Fungicide Conference (1973)、 P. 721~727

3. 被請求人の答弁

被請求人は、請求人の主張はいずれも理由がない旨答弁し、要約するに概略次のように述べている。

本件特許発明は、木材保存用途、特に建築材でのシロアリ、ラワン材、ナラ材でのヒラタキクイムシに代表される木材害虫の防除による木材の保存組成物として優れた特性を有するものを提供することを目的とし、従来最もよく用いられていた代表的な殺虫性化合物であるクロルデンに比してもはるかに優れた殺虫効力を示すばかりでなく、少なくとも18ヶ月にも亘る持続性を示す等卓越した効果を示すともに、皮膚、粘膜刺激性、カブレ等もなく、低毒性のものである。

これに対し、甲第2号証には、本件特許発明で有効成分として用いる化合物についての記載はあるが、木材害虫に対する活性について記載がないばかりか、木材防除剤として有効であることについての記載ないし示唆はない。甲第3号証の1、甲第4号証、甲第5号証の1には、いずれも本件特許発明で有効成分として用いる化合物が、農業害虫、衛生害虫に対し殺虫効力を有すること、及び従来のピレスロイド系化合物に比較し光安定性に富み、哺乳類に対し低毒性であることが記載されているものの、該化合物が木材の保存剤の有効成分として有効であることは記載されていないし、これを示唆する記載もない。

そして、本件特許発明は、甲第2号証ないし甲第5号証の1の記載からは当業者が予期し得ない効果を有しており、これらの記載からその特許性が否定されるものではない。

Ⅲ. 甲第2号証ないし甲第5号証の1の記載事項〔甲第2号証〕

「木材の防腐・防虫」と題し、「4.防虫剤」の項には、「木材を加害するおもな昆虫は、シロアリおよびヒラタキクイムシである。」(23頁左欄下から9~8行)との記載、及び、「4.1」~「4.5」の項には、防虫剤として、フェニル尿素系化合物、ピレスロイド系化合物、有機リン系化合物、フェロモン、耐蟻性成分があげられ、「4.2ピレスロイド系化合物」の項には「ピレスロイド系化合物は、殺虫効力は強いが、残効性および価格に問題がある。木材害虫の駆除には用いられているが、予防には用いられにくい。最近、殺虫効力および耐光性の大きい3-フェノキシベンジル-2、3-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート14)などが合成された。」(23頁右欄16~21行)と記載され、文献14)には、「M.Elliott et al.: Nature、 246、170(1973)」(26頁右欄24行)があげられている。

〔甲第3号証の1〕

「天然ピレスリン類(レファレンス1、2参照)(例えば、ピレスリンⅠ(1))及び同系列の合成殺虫剤(アレスリン(2)、バイオアレスリン(3)、レスメスリン(4)、バイオレスメスリン(5)、シスメスリン(6)、エタノクリサンシメート(7))は、大気および光の中で不安定である(レファレンス1、2、4参照)。この特性のせいで、他に有利な特性(レファレンス1-3参照)(多種の昆虫に顕著な効果を発揮し、即効性であり、哺乳類への毒性が低いなど)を持つにもかかわらず、特に農作物の害虫に対しては使用が限定されている。そこで、ここに、従来のピレスロイドよりも10ないし100倍光に対して安定し、なおかつ、バイオレスメスリン(5)と同程度昆虫に対し活性で、哺乳動物への毒性も低い、新しい合成エステルを紹介する。」(169頁左欄表1の上16~4行)、「これに対して、2、2-ジクロロビニル酸を含んだ3-フェノキシベンジルアルコール(9)は、予想を上回る効力を発揮した。それは、例えばバイオレスメスリン(5)の家蠅に対する効力と同じくらい、またマスタードビートルに関しては、2.5倍以上も効力があった;対応する(±)-シス、トランスエステル(11)と(4)は効力に類似の差があった。」(169頁右欄表1の上13~8行)、「新規エステルの光中での安定性を決定するため、沈着物(0.2mgcm-2)が室内の窓際で日光に晒された。こうした状況の下で、50%(ガスクロマトグラフ法により測定)の5-ベンジル-3-フリルメチルアルコールエステル(4-7)は4-6時間で失われたのに対し、3-フェノキシベンジルエステル(11)は、3週間以上も存続した。同様の沈着物を、戸外で、雨や風からは守るが紫外線や可視光線は通す水晶板の下に置いた。このような加速テストでは、好天の際はフイルムが50℃に達するのだが、バイオレスメスリン(5)は1-2時間しか存続しなかったのに対し、3-フェノキシベンジルエステル(11)は約4日続いた。」(169頁表1の上3行~170頁8行)、「このような高度の安定性は、害虫駆除の可能性を広げるべきであるが、新規エステルの持続性は適度であるので、毒性の残留の恐れがないという利点は保持されるべきである。加えて哺乳類に及ぼす毒性は低い(表1参照)。」(170頁12~15行)と記載されている。

〔甲第4号証〕

3-フェノキシベンジル-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレートを含む特定のピレスロイド化合物が、殺虫組成物の有効成分として用いられること、光に対しこれまで知られている酸からのエステルよりもはるかに安定であること、該殺虫組成物は、家庭用または農業用規模で昆虫を殺滅または制御するために使用することができ、殺虫力も優れていること、およびイエバエおよびカラシナハムシに対する殺虫特性、ねずみに対する毒性が記載されている。

〔甲第5号証の1〕

合成ピレスロイド、NRDC143[3-フェノキシベンジル(±)シス、トランス-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート]は、従来のピレスロイドに比べ大気・光中での安定性が高く、レスメスリン等よりもイエバエ、マスタードビートルに対して殺虫効力があり、哺乳類への毒性が低いことが記載されている。

Ⅳ. 当審の判断

1. 無効理由1について

(1) 甲第2号証に記載された発明について検討する。

甲第2号証の記載のうち「最近、殺虫効力および耐光性の大きい3-フェノキシベンジル-2、3-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレートなどが合成された」については、文献が引用されており、引用された文献14であるNature、246、170(1973)(甲第3号証の1)には、殺虫効力および耐光性の大きい化合物として、3-フェノキシベンジル-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレートが記載されているものの、3-フェノキシベンジル-2、3-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレートについては記載がない。このことからすると、甲第2号証に記載された、3-フェノキシベンジル-2、3-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレートは、3-フェノキシベンジル-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレートの誤記と認められる。また、該化合物は、ピレスロイド系化合物について残効性の問題があるとの指摘に続き記載されていることからみて、このような従来の問題点を解決する可能性のある化合物との認識で記載されているものと理解できる。すなわち、甲第2号証には、ピレスロイド系化合物が、シロアリやヒラタキクイムシ等の木材の害虫に対する防虫剤として用いられること、ピレスロイド系化合物は、殺虫効力は強いが、残効性に問題があり、木材害虫の駆除には用いられているが、予防には用いられにくいこと、3-フェノキシベンジル-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレートは殺虫力および耐光性が大きいので、従来のピレスロイド系化合物の欠点であった残効性の問題を解決し得る可能性があることが記載されているといえる。

(2) ところで、本件特許発明は、木材保存組成物に関するものであるが、その明細書の記載からみて、本件特許発明で木材の保存がなされるのは、有効成分として含有される化合物によるシロアリやヒラタキクイムシ等の害虫に対する殺虫効果によるものである。一方、甲第2号証においても、殺虫剤により、シロアリやヒラタキクイムシ等の害虫に対する殺虫がなされるものであり、残効性によりその予防がなされ得ることが開示され、防虫剤も通常組成物の形態で用いられることを考えれば、本件特許発明と甲第2号証に記載された「木材保存組成物」並びに「防虫剤」の用語に関しては、両者に実質的な差異があるものとはいえない。しかし、甲第2号証には、本件明細書の特許請求の範囲に構造式で示された、3-フェノキシベンジル-2、2-ジメチル-3-(2、2-ジクロルビニル)シクロプロパンカルボキシレート(以下、「パーメスリン」という)を木材の害虫に対する防虫剤として用いた場合、この化合物は殺虫効力および耐光性が大きいので、従来のピレスロイド系化合物の欠点であった残効性の問題まで解決し得る可能性があることが示唆されているにとどまるものであって、該化合物を木材の害虫に対する防虫剤として用いたことが記載されているわけではないから、甲第2号証に本件特許発明が記載されているということはできない。

(3) また、甲第3号証の1、甲第4号証および甲第5号証の1には、パーメスリンに関する記載はあるが、この化合物を木材保存組成物の有効成分として用いることについては記載されていないから、甲第3号証の1、甲第4号証または甲第5号証の1に本件特許発明が記載されているということはできない。

(4) してみれば、本件特許発明が、その出願前に日本国内において頒布された刊行物である甲第2号証、甲第3号証の1、甲第4号証または甲第5号証の1に記載された発明と同一であり、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し、特許を受けることができないものである、という請求人の主張は採用できない。

2. 無効理由2について

(1) 上記のように、甲第2号証には、パーメスリンを木材存組成物の有効成分として用いたことについては記載されていないものの、該化合物が木材保存組成物の有効成分として利用し得ること、および残効性を改善し得ることについての示唆はなされている。

(2) 請求人は、本件特許発明の木材組成物は、本件特許の出願当時木材害虫を防除するために最もよく用いられていた代表的な殺虫性化合物であるクロルデンに比してもはるかに優れた殺虫効力を示すばかりでなく、少なくともその18ヶ月にも亘る持続性を示す等卓越した効果を示すとともに、皮膚、粘膜刺激性、カブレ等もなく、低毒性のものであるのに対し、甲第2号証には、パーメスリンがシロアリ、ヒラタキクイムシ等の木材害虫に対する活性については何等記載されていないばかりでなく、木材害虫の防除剤として有効であることなどは記載されておらず、また、このことを示唆する記載もないこと、更に、甲第3号証の1、 甲第4号証、甲第5号証の1も、これらを教えるものではない旨主張している。

(3) しかし、甲第2号証には、上記のとおりピレスロイド系化合物が、木材の害虫に対し強い殺虫効力を有することが開示され、またピレスロイド系化合物であるパーメスリンは残効性についても改善し得ることが示唆されており、更に甲第3号証の1、甲第4号証、甲第5号証の1に、農業分野についてではあるが殺虫効力、残効性、毒性について改善の程度が具体的に示されていることを考えれば、パーメスリンについて木材の害虫に対する殺虫効力、残効性等の効果を期待して具体的に試験、確認を試みることは当業者が通常行うことであって、この確認作業に何ら創意が要されたとはいえない。また、その具体的確認の結果である木材の害虫に対する殺虫効力、残効性および哺乳類に対する毒性についてもみても、いずれも甲第2号証、甲第3号証の1、甲第4号証、甲第5号証の1に記載されたものから全く予期し得ないというほどのものとはいえない。

(4) してみれば、本件特許発明は、甲第2号証、甲第3号証の1、甲第4号証および甲第5号証の1に記載されたものから当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

Ⅴ. まとめ

以上のとおりであるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年10月18日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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